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札幌地方裁判所 昭和30年(ヨ)96号 判決

申請人 稲垣正義

被申請人 住友石炭鉱業株式会社

主文

被申請人会社が昭和三十年五月十六日申請人に対してした解雇の意思表示の効力は本案判決の確定に至るまで停止する。

申請費用は被申請人会社の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一申請の趣旨

主文第一項同旨の判決を求める。

第二申請の理由

一、申請人は、石炭採掘を業とする被申請人会社(以下会社と略称する。)の従業員であつて、会社経営に係る奔別鉱業所弥生炭鉱の石炭選炭機の分析係として勤務し同炭鉱従業員をもつて組織する弥生炭鉱労働組合(以下組合と略称する。)の組合員であつた。

二、組合は昭和三十年五月五日の定期組合大会において、申請人が組合の統制を乱したものであることを理由として組合規約第十三条、第五十三条により申請人を組合より除名することを決議し、同月六日会社に対して右除名を通知するとともに、申請人の解雇を求め会社は同月十六日申請人に対し労働協約第十一条の規定するユニオン・ショップ条項(「会社は組合から除名され又は脱退した鉱員を原則として解雇する。但し会社が解雇について考慮を必要と認めたときは組合と協議する」)により同日をもつて申請人を解雇する旨の意思表示をした。

三、しかしながら、右除名は次の理由により無効である。

(一)  除名の原因経緯は次に述べるとおりであるが、申請人は組合の統制を乱したものとはいえない。

すなわち、

(イ) 昭和三十年二月二十日組合の臨時大会において、申請人は会計監査に選出された。そこで、申請人は当時組合の厚生部長であつた小玉実が組合資金を流用しているとの風評があつたので帳簿を調査したところ、同人について帳簿に、「一月十八日物資購入代金支払のため金二十万円支出、同月二十一日金十八万円返金。」と記載されていた。そこで申請人は、もし右の記載の趣旨が、一月二十一日には小玉から金二十万円が返済され、改めて金二万円を同人に仮払したという意味であるならば帳簿の記載としては、一月二十一日金二十万円返金、同日金二万円仮払という伝票を切るべきで、前記のように事実に吻合しない帳簿の処理および記帳方法をしていては組合の金が容易に個人使用のために使われるようになり、ひいては組合経理の正常な運営を害するということを主張して藤本組合常任監査と論争した。右の論争はその後数日にわたつて続けられたが申請人は青砥組合書記長の威圧を受けなどして二月二十五日他の会計監査の作成した会計報告書に同意し押印した。しかし、桃友会(家族を含めた各組合員の私生活向上を目的とする町内会であり、申請人はその会長をしていた。)所属の組合代議員六名は右の事実をきき知つて憤慨し、佐藤組合長に対しその間の事情を明らかにするための緊急代議員会の開催方を要求した結果、三月八日右緊急代議員会が開催された。ところが、席上、申請人は組合資金の運営を鋭く追求し、同大会は長時間にわたつたため、申請人は組合資金の運営に対する追求が組合内部の混乱を招来し、また、組合幹部が申請人に対して報復を加えることを恐れて同大会における議長に対し、「組合の帳簿は公明正大であつて私は見方がわからなかつたのであるからまことに申しわけがない。」旨の念書を提出して謝罪した。

ところが、その後申請人が小玉実が昭和二十九年十一月三十日に仮払の名の下に組合から一万五千円を借受けて未だに返金していない不正事実を他の代議員に話したことが問題となり、組合幹部は四月二十五日に拡大闘争委員会を招集して申請人の除名を決議し、同日全町内の常会を開いて、申請人の謝罪は不十分であり本心から謝罪したものではない、したがつて組合統制を乱すものであるとの理由で除名する旨を発表した。そして右除名決議はさらに五月五日の定期組合大会に附議せられ無記名投票の結果四百二十六票対二百八十八票をもつて除名が決定された。

(ロ) しかしながら、申請人がした組合帳簿の処置に対する追求ないし批判は、会計監査に選出された組合員としての当然の任務の遂行であつて、その意図するところは組合における正常な会計の処理を要求し、ひいては各組合員の利益および組合の団結の強化を念願することにあつたから、右追求ないし批判そのものは統制を乱し、もつて組合の弱化、攪乱を目的とするような挑発的意図のもとにされたものでもないし、また、何ら反組合的でもない。それであるから、申請人のした追求、批判が藤本常任監査、青砥書記長らに対する面においてその方法態度において過激であつたとしても、それはかえつて申請人が自己の会計監査としての職務の重要性を認識し、これら組合幹部の真実回避的な態度に敢然と対抗し誠実に努力した結果にほかならない。また念書提出後の申請人の言動も帳簿上の欠点を指摘したに過ぎないものである。以上のように、申請人は何ら組合の統制を乱してはいないにかかわらず統制を乱したものとして組合規約を適用した組合の本件除名は当然無効である。

(二)  仮りに申請人が組合の統制を乱したとしても、組合の本件除名は組合としての除名権の濫用である。

労働組合は憲法によつて団結権が認められ、その団結確保のため反組合的人物に対する除名権が組合の根源的な権利として認められている。しかし、会社と労働組合との間にユニオン・ショップ協定が結ばれている場合には組合からの除名は同時に会社からの解雇を結果し、直ちに被解雇者の生存権を脅かすことになる。したがつて、組合の除名権の行使は慎重でなければならないし、また、社会通念による限界が存するものといわねばならない。それのみでなく組合規約第五十三条には組合の処分として除名のほかに警告、譴責、全山布告、権利停止の各処分が規定されている。そして申請人の行為がいずれも組合員の利益、組合の団結を図るために不正を追求することにあるから、申請人の行為が仮りにその統制を乱したとしてもこれに対する処分は今後における同種行為の反覆を防ぎ申請人に対する反省を求めるに足る方法、すなわち権利停止以下の処分をもつて足りるのであつて、本件除名は明らかに組合における除名権の濫用というべきで、無効である。

四、右のように組合がした除名は無効であるからこれにもとずいて昭和三十年五月十六日会社のした申請人に対する解雇は当然無効である。

申請人は会社に対し解雇無効確認の本訴を提起しようとするものである。しかしながら、申請人は会社の従業員として会社から受ける賃金のみによつてその糊口をつないでいたものであつて、他に何らの収入および財産もなく、かつ、妻および幼少の子供一人を抱え、住居も会社の社宅に居住しているので、右解雇による失業によつて現在申請人は生活の経済的基礎を失い、さらには居住の場所をも奪われることになり、申請人とその家族は路頭に迷うという急迫な生活上の危機にさらされているのであつて、右本案判決の確定をまつていては回復することのできない著しい損害をこうむることが明白であるから本件解雇の意思表示の効力を停止する旨の仮処分命令を求める。

第三申請の趣旨に対する答弁

本件仮処分命令申請を却下する判決を求める。

第四申請の理由に対する答弁

一、申請の理由一、二記載の事実は全部認める。右三記載の事実のうち申請人主張の日時にその主張のような除名決議がされたことは認める。申請人主張の者らが組合員であつてその主張のような組合役職にあつたことは争わないがその余の事実は知らない。右五記載の事実のうち申請人が被申請人会社の社宅に居住していること、本件解雇により右社宅を明け渡す義務が生じることおよび被申請人会社は申請人に対して解雇後の賃金の支払はしないことはいずれも認めるがその余の事実は知らない。

二、申請人は組合から除名されたので会社は組合の解雇要求により前記労働協約に規定する、「組合から除名された鉱員。」に該当するものとして申請人を解雇したのであつて、会社は右労働協約上の義務を履行したのであるから本件解雇は適法である。

労働協約第十一条の規定するユニオン・ショップ条項は「会社は組合から除名され又は脱退した鉱員を原則として解雇する。但し会社が解雇について考慮を必要と認めたときは組合と協議する。」と定める。右条項の趣旨は、組合が除名の事実を証明して被除名者の解雇を求めたときは必然的に会社を拘束し会社はこれを解雇する義務を負うに在り、この場合、会社は除名原因並びに手続について調査、判断する義務はなく、これらは労働組合の内部的な規範に則り自主的に行われることであつて、会社は単にその除名という結果についてのみ調査の義務を負うに過ぎない。右条項本文にいう「原則として解雇する」というのは、但書の場合のみを例外的に除くという意味であつて、但書の場合の外にも広く会社に裁量権を与え、会社が除名原因並びに手続についてまで調査判断し、瑕疵ある除名に対しては解雇しない自由を有する趣旨ではない。申請人主張のように除名の原因が組合内部の経理関係や帳簿の処置等に基因する紛議である場合においてこれが調査をし除名の瑕疵の有無を判断するようなことは事実上不可能のことである。会社は申請人を解雇するについて但書にいう「考慮を必要と認め」なかつたのであり、組合が申請人を除名したことを証明し、その解雇を要求したので解雇したのである。会社が前記義務に反し組合を除名された申請人の解雇を遷延するにおいては、組合は前記協約上の権利を主張し、場合によつては争議行為への発展をも予想するに難くないのである。

以上のとおりの事実の下になされた本件解雇は適法であつて、申請人の主張は失当である。

第五疎明〈省略〉

理由

一、会社が石炭採掘を業とし、申請人が会社の経営する奔別鉱業所弥生炭鉱において石炭選炭機の分析係として勤務し、同炭鉱の従業員をもつて組織されている組合の組合員であつたこと、右組合は昭和三十年五月五日に開催された定期組合大会において申請人が統制を乱したという理由で組合規約第五十三条(統制違反行為等に対する処分規定。)、第十三条(除名を大会の附議事項とする規定。)により申請人を組合から除名することを決議したこと、同月六日組合は右除名を会社に対して通知するとともに労働協約第十一条の規定するユニオン・ショップ条項により申請人の解雇を求めたこと、その結果同月十六日会社は同日をもつて申請人に対し解雇の意思表示をしたことはいずれも当事者間に争がない。

二、労働協約第十一条が、「会社は組合から除名され又は脱退した鉱員を原則として解雇する。但し会社が解雇について考慮を必要と認めたときは組合と協議する。」と規定していることは当事者間に争がなく、右本文にいう「原則として解雇する」とは、「但書の場合を例外としてその他の場合は常に解雇する」意であることは文理解釈上明かであるのみならず、成立に争のない疎甲第三号証の一(労働協約書)によれば、右協約条項に次いで「諒解事項」として「但し書は解雇によつて会社業務の運営に重大な支障を生ずるおそれあるものに限る」と規定されていることが認められるのであつて、このことによつてみても、会社がひろく例外的に裁量権乃至裁量の義務を有し、除名についてはその理由や手続についてまで調査判断し、その違法或いは不当と考えられるものについて「解雇について考慮を必要と認め」たものとの裁量の下に例外的に解雇をしないよう組合との協議に持込むことができ、或いは持込まねばならないのだというような解釈は採るべきでない。すなわち、組合から会社に対して除名を証明して通告し解雇を求めたときは、解雇によつて会社業務の運営に重大な支障を生ずるおそれあるものの場合を除きこれを前行手続とした一連の手続として会社は必然的に解雇をしなければならない義務を負うものといわねばならない。

しかしながら、そうだからといつて会社の主張するように、かかる解雇は常に有効であるといえるであろうか。思うに右条項によつて会社が組合に対して負う義務が上述のように手続的な面を有し、その限りにおいては解雇は会社の組合に対する義務の履行として適法であつても、それはあくまでも手続上の義務が履行された意味において適法であるというだけのことであつて、このような解雇がさらに有効であるためには会社が組合に対しユニオン・ショップ条項によつて組合の団結権護持に協力する労働法上の義務を実質的に負うものと認め得る場合でなければならない。換言すれば、ユニオン・ショップ条項は会社と組合との連繋の下に会社の不当労働行為に利用され或いは組合が特定の組合員を不当に排除することに利用されてはならないのであるから、懲戒権の発動として除名がなされる場合、それが団結権護持のため正当に行使されてはじめてユニオン・ショップ条項はその発動の実質的根拠を有するのであつて、会社の組合に対する団結権護持協力義務が実質的に存在するのであり、このような実質を欠いてただ形式的手続的にユニオン・ショップ条項が働く場合には、会社の組合に対する実質的解雇義務は具体的には発生していないものといわねばならない。このような場合における会社の解雇は、形式的手続的な意味において適法な義務履行行為であるにかかわらず、実質的な意味においては義務なき解雇である。ユニオンショップ条項に基く解雇は組合に対する義務履行として行われるところにのみ法的根拠をもつ特殊な解雇であるから、このような法的根拠を欠くところには法的効力を認め得ない。その解雇権は組合に対する実質的義務と表裏一体をなしているのであつて、その義務の発生しないところにその権利は発生しない。従つてたとえ手続的に適法であつてもその解雇は無効である。

よつて、本件解雇の効力はその前提たる除名の効力いかんに係るものといわねばならない。

三、そこで本件除名が有効かどうかについて判断する。

(一)  除名の原因および経緯。

申請人本人尋問の結果および同尋問の結果によつて成立を認められる疎甲第二号証、第五号証の一、二、第六号証を総合すると、一応次の事実が認められる。申請人は昭和三十年二月二十日組合の臨時大会において他の四名と共に会計監査に選出され申請人の分担した物資部関係の帳簿類を調査したところ、組合幹部に対する組合資金の仮払が予想以上に多く、特に厚生部長小玉実に対する二万円の貸付金が組合の物資購入代金支払の形で帳簿に記入されていることについて、組合幹部および常任監査の説明が申請人の納得できないものであつたことから藤本常任監査らと論争を生じ、同大会の席上会計監査報告をすることができず中間報告に止めざるを得ない事態となつた。小玉厚生部長が物資代金支払のため組合から持つていつた組合資金二十万円は事故のためそのまま返金され、そのうちから二万円を改めて同人に貸付金として渡したので結局十八万円が入金伝票に記載されればよいわけであるとの組合幹部の説明に対し、申請人の主張するところは、仮りに右のような事実ならば二十万円の入金記入をしたうえ、個人に対する貸付金として別に二万円の貸付金伝票をもつて処理すべきであるというのであつて、幹部のしているような帳簿の整理方法では組合としての出費と個人に対する貸付金との区別がつかず組合資金の使途につき疑惑を生じるとしてゆずらなかつた。大会終了後、当時組合幹部に対し他に合計約四十万円の仮払があつたことも判明したので、申請人は監査の結果の全部をそのまま全組合員に報告すべきであると主張した。しかし、当時組合は選挙闘争および賃金闘争の最中であつたのであり、上述の臨時大会も闘争経過報告、今後の闘争方針等について開かれたものであつたのであつて、この際組合内部で幹部の責任問題を追求し幹部の立場を危うくすることは却つて組合組織を弱体化し闘争を不利にするおそれがあるとして、他の会計監査四名は申請人の主張に反対して論争が続けられ、青砥書記長の同趣旨の要請もあつて、申請人も結局監査の報告がおくれることにより組合員らが組合会計の内部事情に疑惑を抱くことをおそれ、同月二十七日申請人の了解の下に申請人を除く四名の大会々計監査が、組合の一般会計および物資部会計の会計処理が適正に処理され、かつ、異常のないことを認めるとともに、「(1)物資の支払資金として組合専従者が多額の現金を携行することは不測の事故を惹きおこすおそれがあるので今後厳重に留意されたい。(2)組合専従者の仮払金銭が長期且つ多額にのぼつている事は、一般組合員の誤解の因となると共に、資金運用の面に支障を来すおそれがあると思われるので、できるだけ早急に精算の方途を講ぜられたい。(3)証憑および会計帳簿については一般組合員の閲覧もあることを考慮して、できるだけ平明な帳簿組織および記載方法を考慮せられたい。」旨要請する旨の報告書を作成し、申請人もこれに捺印し組合に提出した。ところが三月二日申請人の居住する桃山町在住の組合員とその家族らをもつて組織されている桃友会の役員会(申請人は会長であつた。)において、西条代議員の求めに応じ申請人が右会計監査の経過を話したところ、出席していた代議員らは組合運営上放置すべきでないと考えるに至り、執行委員長に質すなどの動きを生じ、同月六日の桃友会常会に右の話が持ち込まれた結果、同常会において幹部の不信任を組合代議員会に提案することを決定した。そこで桃友会所属の代議員らは緊急代議員会の開催を要請し同月八日に開かれた緊急代議員会において午前、仮払問題が上程され、申請人が大会監査として説明をし、青砥書記長は仮払の明細を個々人について報告し、午後、西条代議員が幹部不信任案を提案した。ところがその提案理由の説明の段階で一部代議員から、このような貪弱な理由で多額の費用を使つて代議員会を開くとはもつてのほかであるとの反対意見が出たのをきつかけとして、青砥書記長の提案で組織強化委員五名が選出され、桃友会所属代議員は組織を弱体化せしめているかのような空気となつてきて、同日午後九時頃まで紛糾を続け、鈴木力、田中敏行ら組合員の仲介により、桃友会所属代議員らは別室会議を開いて、右両名の意見に従い全組合員の動揺と組合組織の弱体化とを防止する意味からも事態を収拾することに意見をまとめた結果、申請人は詑状を作成して執行委員長に提出したが、委員長は口頭の陳謝でよいとして受けつけず、申請人は口頭で謝罪の意を表するとともに今後一層組織強化に協力することを誓うと表明してとに角も幹部不信任或いは総辞職の事態に至らず代議員会は終了した。ところが越えて四月二十六日の組合の拡大闘争委員会で申請人を除名することが決議され、その後に開かれた各町内会における常会で組合の幹部が右申請人の除名決議を報告し、五月五日の組合大会で申請人の除名が決定された。組合の除名通告書は同月十六日付で申請人に交付され、その除名理由として、三月八日の緊急代議員会において組合専従者の仮払金について陳謝し組織強化に協力することを誓つておきながら、その後における申請人の言動は決議機関を冐涜し来つたものであるというに在る。

そこで右除名理由にいう「三月八日の緊急代議員会以後において決議機関を冐涜した言動」について審案する。証人守谷俊夫の証言に申請人本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。(1)、申請人が三月十五、六日頃飮食店において飮酒中、組合の厚生部長田中鶴雄、組合員の太田、三好、岩井らと偶然同席し、田中が選挙闘争、賃金闘争の最中にあのような問題を持ち出したのは時期が悪いといつたことから、代議員会の模様に話題が移り、申請人は三好に対し、代議員会における代議員の態度が納得できないから、執行委員に立候補するよりは代議員に立候補して代議員会の運営を強化したいと語つた。このことは申請人が代議員を批判し、代議員会における陳謝が誠実であつたかどうかについて組合幹部に疑念を懐かせ代議員会を冐涜する言動と解せられることとなつた。(2)、三月二十九日公職選挙法違反の嫌疑で組合幹部に対する警察の検挙が行われ、地方新聞に仮払問題と併せて報道されたため、申請人が警察の取調に対し密告したのではないかとの憶測が一般に行われるようになつた。そこで四月二十二日組合幹部が釈放されるとすぐ同月二十五日の拡大闘争委員会において警察の不当弾圧に申請人の行動が繋るものとして除名決議がされた。その後組合大会に至るまでの間に組合の申請人に対する除名理由は表面的に整理され、「緊急代議員会において陳謝しておきながら、その後飮食店において代議員会を批議したことは謝罪に不満であつて本心から謝罪したものではない。これは組合の統制を乱し、決議機関を冐涜するものである。」という一点に帰せしめることとなつた。

(二)  除名の効力について。

成立に争のない疎甲第三号証の一によれば、組合規約第五十三条は「規約、指令、指示に違反する行為あるいは組合の統制を乱しまたは労働階級の利益を阻害したものは大会または代議員会で調査のうえ次の処分をする。一、警告 二、譴責 三、全山布告 四、権利停止 五、除名。」と定められていることを認めることができる。また本件除名理由にいう「決議機関を冐涜する言動」が右規約にいう「組合の統制を乱し」たものに該当すべきことも当然である。しかしながら申請人の「三月八日の緊急代議員会以後における言動」にして「組合の統制を乱し」たものといえるものがあるであろうか。四月二十五日の拡大闘争委員会における除名決議の原因動機となつた、「組合幹部を警察に密告した」との点についてはこのような事実を明かに断定すべき証拠はないのであり、組合としても正式の除名理由としては整除してしまつて、これを表立つた除名理由としなかつたことは上述のとおりである。正式の除名理由とされたのは以上に認定のとおり緊急代議員会との関連においての言動すなわち、飮食店における代議員会に対する批議なのであるが、この点に関しては以上に認められる程度の事実しか明かではないのであつて、この程度の事実、しかも飮食店における飮酒のうえでの内心の憤懣を発しての論議をもつて恰も正式に代議員会を批判攻撃したかのように評価して、「組合の統制を乱し」たものとすることは、いかにも相当でないと考えられる。もとより陳謝しておきながら蔭でその代議員会を批議することはこれを広く解すれば一種の冐涜行為といえなくもないであろうが、これだけをもつて直ちに「組合の統制を乱し」たものとするのは相当でない。かつ、この事実の外に、申請人が陳謝以後において積極的に組合に対し故なく反抗し、その統制を乱すような意図をもち、そのような結果を生じたことを認めるに足る証拠はない。仮りに、陳謝の原因となつた申請人の行動すなわち、いわゆる仮払問題の全体を通じての申請人の行動が本件除名理由の実質をなしているとしても、そして、組合の闘争中の行動である点において統制上遺憾であり、闘争中代議員会の招集を求め幹部の不信任ないし総辞職の論議にまで紛糾させたようなことが闘争中の組合組織の強化に忠実でなかつたとしても、それは「陳謝」によつて既に解決ずみのことである。組合自体が自主的に懲戒権を発動することなく円満に解決したのであつて、このこと自体、申請人の仮払問題に関する行動が組合の自立的判断において「懲戒」すなわち、「統制違反」には値せず、本人の「陳謝」で足りるとしたことを物語るものというべきでもある。しかるに組合は一転して申請人を「除名」したのである。およそ除名は被除名者を組合から追放し組合員としての身分を剥奪する行為で、組合員にとつては苦痛の最も大なるものであるばかりでなく、会社と組合との間にいわゆるユニオンショップ協定が結ばれている場合における組合員の除名は同時に会社からの解雇となり、直ちに被解雇者の生存権を脅かすことにもなる重大な処分である。したがつて、組合員の行為が著しく反規律的或いは反労働者的或いは反組合的であつて、団結権の存在理由に照らしその組合員を組合内部に存在させておくと到底組合の団結を図ることができず、規律が保持できず、却つて組合組織を弱体化し、組合の自己防衞上有害なような場合でなければ除名処分にするべきではないといわざるを得ない。選挙闘争、賃金闘争の最中にあり組合員は一段と団結して組合内部の組織を強化する必要に迫られ組合として総力を結集すべき段階にあつても、そのため除名が政策的に行われ易くなつてはならず、組合員個人の基本的自由や組合員たる地位に基く諸々の権利と組合の統制権との調和が破られてはならない。

このようにして考えてくると、本件除名は、懲戒の事由たる「統制を乱し」たものに該当する事実が存在しないのに、却つて最も重い懲戒方法である除名をもつて臨んだということに帰し、法律上無効といわざるを得ない。

四、以上認定のように組合のした除名が無効である以上会社の解雇もまた無効のものといわざるを得ないことは既に前に述べたとおりである。

五、そこで保全の必要について判断する。本件解雇により、会社から支給される給料を唯一の収入として生活をしていた申請人は全く収入の道をたたれ、他に特別資力、財産を有しないのみでなく、妻および九歳になる幼児一人を抱えて扶養養育せねばならない等の事情にあることは申請人本人尋問の結果により一応認めることができ、現在の経済事情のもとにおいては一時他に職を求めることも容易でないのであるし、住居も申請人が現在居住する会社々宅をも明け渡さねばならないとすれば他に住居を求めることも容易ではない。よつて申請人が生活上の危機にさらされていることは容易に窺い知ることができる。従つて、本案判決の確定を待つため生ずるべきその著るしい損害を避けるため、本案判決確定に至るまで仮りに本件解雇の意思表示の効力を停止する必要があるものというべきであるから本件仮処分を理由あるものと認め、申請費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 立岡安正 吉田良正 秋吉稔弘)

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